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2016年の厚生労働省の統計によると「糖尿病が強く疑われる者」と「糖尿病の可能性を否定できない者」を合わせた人数は2,000万人で、人口の約16%に相当します。
この記事では、糖尿病と深い関係にある目の病気「糖尿病網膜症」を分かりやすく解説します。
「糖尿病は怖いと聞くけど、具体的にどうなるのかわからない」という人はぜひ参考にしていただき、大切な目を守る知識を学びましょう。
糖尿病網膜症とは
糖尿病網膜症は糖尿病の三大合併症の一つです。三大合併症は他に、糖尿病腎症、糖尿病神経障害があります。
糖尿病網膜症は糖尿病になったらすぐに発症するものではなく、初期の内は視力も良好で何の自覚症状もありません。
ところが、次の場合になると網膜症が発症しやすくなります。
- 糖尿病の判定基準であるHbA1c(血液に酸素を運ぶヘモグロビンに糖がくっついたもの)が高い数値である
- 糖尿病発症から約10年以上経過している
糖尿病網膜症が進行して網膜が障害されてしまうと、完全に元に戻すことはできません。網膜症の進行具合によっては、HbA1cが下がり血糖コントロールが安定していても、症状は悪化していきます。
手遅れになる前に、まずは食事管理や運動をしっかりするのが鉄則です。
糖尿病網膜症の原因
糖尿病網膜症の原因は、長期にわたり高血糖の状態が続き、網膜血管が障害されることで起こります。
体内の糖を細胞に取り込む働きをするインスリンがきちんと機能しないため、血液中に糖のくっついたヘモグロビンが増えます。
その結果、血管の内壁が傷つけられ、血液成分が外へ漏れ出してしまうのです。漏れ出した成分は視力に関わる網膜の黄斑部(おうはんぶ)という所に溜まり、視力低下を引き起こします。
また、酸素を運ぶヘモグロビンが本来の役割を果たせなくなるため、網膜血管内は慢性的な酸欠状態に陥ります。
この状況を回避するため、目は「新生血管」という新しい毛細血管を作り出します。新生血管は大変もろく、硝子体(しょうしたい)出血や新生血管緑内障などさまざまな弊害を発生させるのです。
糖尿病網膜症の症状
糖尿病網膜症が発症すると、次のような見え方を自覚します。
歪み
変視症という、線や物が一部ぐにゃっと歪んで見える症状が現れます。片目だけ症状が現れた場合、気づくのが遅れることもあります。網膜症が悪化するにつれ、歪みの程度や範囲が広がっていき、手術が必要になることもあります。
視力低下
歪みが視線の中心に広がる、あるいは最初から視線の中心に歪みが出る場合、大幅に視力が低下します。見たい物の中心が常に歪んだり黒ずんだりするため、かなりのストレスを感じるでしょう。
また、突然目の中で大量出血すると、一気に視力を失ってしまいます。
飛蚊症
ゴミのような、虫のようなものが視界をフワフワと漂うことが増えます。飛蚊症は加齢による生理的なものもありますが、糖尿病網膜症による飛蚊症は量も多く、赤色を感じることもあります。
目の中で出血したり網膜が剥がれ始めたりすると、特に飛蚊症が増えるので注意しましょう。
糖尿病網膜症が進行すると
どうなるのか
糖尿病網膜症は発症から進行の程度によって3段階に分けられます。
単純網膜症
単純糖尿病網膜症では主に次のような変化が眼底に現れます。自覚症状はほとんどありません。
毛細血管瘤(もうさいけっかんりゅう)は、小さな血の瘤(こぶ)で、血管のそばに点々と見られ、ところどころ出血していることがあります。
硬性白斑(こうせいはくはん)は、漏れ出た血漿(けっしょう)成分が吸収される過程で見られる、ギザギザしたような白い斑点です。
網膜浮腫(もうまくふしゅ)は、網膜内が浮腫む病気で、視力の低下を招きます。
( 画像出典:日本糖尿病眼学会 / 一般の方へ https://www.jsod.jp/ippan/index.html )
増殖前網膜症
増殖前網膜症は糖尿病網膜症の中期の段階です。
高血糖によって網膜内の血管が詰まってしまうと、ふさがれてしまった血管の先のエリアに酸素が行き渡らなくなります。酸素不足を解決するため、新しい毛細血管がどんどんと発達していくのが増殖前網膜症です。
黄斑部の中心(視力の中心)が浮腫みなどの影響を受けない限り、この時点でもまだ自覚症状がない人もいます。つまり、次の最終段階へ進まない限り、眼科を受診しない人もいるのです。
増殖糖尿病網膜症
増殖糖尿病網膜症は糖尿病網膜症の末期の段階です。
もろい新生血管が破れて出血すると急激な視力低下を生じます。さらに、増殖膜という組織が網膜を引っ張って起きる網膜剥離や、虹彩にできた新生血管による緑内障によって失明にいたる可能性が高くなる段階です。
手術での治療が必要になることが多いですが、手術後の視力が元通りになることはあまりありません。また、血糖コントロールが改善しても網膜症の進行が止まらない可能性があります。
糖尿病網膜症の検査方法
糖尿病網膜症では段階や症状に応じた眼底検査を徹底します。
黄斑部の浮腫みに対しては、網膜の断面写真を撮れる光干渉断層計(ひかりかんしょうだんそうけい)を使用するのが一般的です。わずかな時間で精度の高い結果が得られるため、患者への負担もほとんどありません。
血液成分の漏れ出ている様子や、血管が詰まって閉塞してしまった範囲を確認するためには蛍光造影眼底検査を行います。蛍光色に染まった血液が網膜上でどのような動きをしているかが分かり、治療方針を決めるのに役立つのです。
硝子体出血(目の中の出血)を起こしていると濁りがひどく、カメラを使っても眼底の確認が不可能になります。この場合は超音波を使った検査をし、網膜の状態をエコー画像で知ることができます。
糖尿病黄斑症
(糖尿病黄斑浮腫)について
糖尿病網膜症の特徴的な症状に黄斑浮腫があり、黄斑浮腫は網膜症のどの段階でも発症する可能性があります。黄斑浮腫が起きた場合、初期の段階で眼底の状態がそれほど悪くなくても、必ず視力低下を感じるのが特徴です。
網膜は眼球の内側一面を覆っている組織です。そんな網膜の中で、外からの光が当たるわずかなエリアを黄斑部と言います。黄斑部のさらに中心、最も重要な部分が「中心窩(ちゅうしんか)」です。良好な視力を保つためには、この中心窩が守られていなければなりません。
高血糖により血管壁が傷つけられ、漏れ出た血漿成分が黄斑部に溜まると、ふくれあがって浮腫みとなります。黄斑部は視力や物の形、色の知覚をになう大切な部分です。黄斑浮腫が起きると著しく視力は低下し、物の形が歪んで見え、色の見え方がおかしくなる症状が現れます。
逆に黄斑浮腫が起こらず中心窩さえ無事でいれば、全体的な見え方の質は落ちていたとしても、視力は比較的良好に保たれます。
(画像出典:網膜ドットコム / 糖尿病黄斑浮腫とは? https://moumaku.com/dme-eye/disease/dme/about/ )
血管新生緑内障について
血管新生緑内障は失明の可能性もある危険な合併症です。
新生血管は、血管が張り巡らされている虹彩にも影響を及ぼします。虹彩のそばには眼圧(目の内圧)を一定にするために房水(ぼうすい)という水が循環していますが、新生血管が増えると房水の流れをせき止めてしまいます。
その結果、眼圧が上昇し眼球が硬くなり、視神経が圧迫されて緑内障になるのです。
糖尿病網膜症の治療法
糖尿病網膜症の治療は、初期、中期、末期、あるいは症状によって異なります。
初期の治療
初期段階では自覚症状がなければ、全身の糖尿病治療と同じく、血糖コントロールをメインに行ないます。
糖尿病網膜症の早期発見には、眼科医・内科医との連携が必要な事から、日本糖尿病眼学会が制作している「糖尿病眼手帳」を利用して、内科と眼科でそれぞれの情報を共有できるようにします。
糖尿病眼手帳は無料で受け取れ、視力値やHbA1cの推移などを把握できます。糖尿病の治療に関心を持つことが、初期の段階では最も重要なポイントだと言えるでしょう。
なお、血糖コントロールは全ての段階において共通の重要課題です。
(画像出典:日本糖尿病眼学会 / 糖尿病手帳について https://www.jsod.jp/techo/ )
中期の治療
中期になると自覚症状の有無にかかわらず、眼底の変化が顕著になってきます。治療は主にレーザー光凝固術を行います。網膜の血流が妨げられて虚血を起こしている部位があると新生血管が生じやすくなる為、虚血部位にレーザーを照射し、その部位の機能が失われる代わりに新生血管が生じ難い状態にします。
レーザーを当てて網膜の機能を停止させることで、目が「この部分にはもう酸素はいらない」と判断するため、新生血管が発生しなくなります。レーザーで焼かれる網膜の範囲が小さければ、視界にほとんど影響はありません。
しかし新生血管の影響が網膜全体にある場合、広範囲にわたりレーザーを打つ必要があります。その結果、視野が狭くなる、視界がやや暗くなるなど、見え方の質が落ちるのは避けられないでしょう。
末期の治療
末期ともなると、硝子体出血や網膜剥離など重大な合併症が起きているため、レーザーだけでなく外科的な治療が必要となります。手術は日帰りや入院など施設によって異なります。
手術の名前は「硝子体手術」と言い、眼球に小さな孔(あな)を開け、細い器具を入れて出血や増殖膜を取り除いたり、破れた網膜の穴をふさいだりします。
手術時間は1時間以上かかることもあり、硝子体手術を行っている眼科でないとできません。特に網膜剥離は緊急手術が必要になることも多く、紹介状を書いてもらい手術に対応している施設に紹介してもらって手術を受けることもあります。
どの時期でも黄斑浮腫が発生した場合は、血液成分がこれ以上黄斑部に溜まらないよう、薬剤を注射したり、レーザーで新生血管を焼いたりして治療します。
費用は、3割負担でレーザー治療は約36,000円~57,000円、硝子体手術は約120,000円~200,000円、硝子体注射は約40,000円~55,000円です。
日常の中で注意できること
糖尿病網膜症の進行を抑えるためには、自覚症状のない初期の段階から血糖コントロールが重要です。血糖値を上げにくくする食事管理、運動の習慣を身に着けることが大切です。
家族の協力も欠かせません。一緒になって生活習慣や食事内容の見直しをしてもらえるよう、コミュニケーションをしっかりとりましょう。糖尿病網膜症が初期であれば、血糖コントロールによって網膜が正常に戻ることもあります。
一番良くないのは、自覚症状がないからと言って放っておくことです。早期に治療をすれば視力を保てるにもかかわらず、末期になるまで無治療のまま放置してしまうのは避けましょう。
早い内にどれだけ血糖コントロールができるかで、10年後の人生が大きく変わります。自分だけでなく家族のことも考え、症状がなくとも定期的な眼科受診を続ける事を検討しましょう。
まとめ
糖尿病網膜症の恐ろしさや、予防がいかに大切かを解説しました。
自覚症状が出る前から血糖コントロールをしっかり行えば、視力低下や失明を免れる可能性は十分あります。一方、症状がないからといって生活習慣を改めないままでいると、取り返しのつかない結果を招くことになるのです。
網膜症が悪化すると治療には費用もかかるほか、頻繁に眼科を受診することになり、生活の自由度が下がるでしょう。そうならないためにも、今からやれることはあるはずです。眼科と内科を定期的に受診し、血糖コントロールを行いましょう。
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網膜剥離は糖尿病網膜症が原因だけでなく、さまざまな要因で発症します。必ずしもボクシングなどの激しいスポーツをする人だけに起こるわけではありません。網膜剥離の予兆として、飛蚊症が増えてきたような自覚症状があります。強度近視や加齢が原因のこともあるので、該当していないかチェックしておきましょう。
緑内障は日本人の失明原因で常に上位にある疾患です。緑内障と一口に言っても、分類は多岐にわたります。末期になるまで自覚しないことも多く、手遅れになることもまれではありません。糖尿病とは関係なく、全身が健康体であっても発症するため、早期発見・早期治療を目指しましょう。
糖尿病網膜症のほかに黄斑部が障害される代表的な疾患として、加齢黄斑変性があります。喫煙者に多いとも言われていますが、直接的な原因は分かっていません。非喫煙者であっても加齢による酸化ストレスで発症する可能性があります。
視線の中心が歪んで見えなくなったり、黄斑部の下に出血がたまって失明したりする可能性のある病気です。悪化する前の治療開始が大切ですので、ぜひこちらの記事もご覧ください。